ミスター・ジャイアンツ逝去と相続問題

長嶋茂雄さんが6月3日、肺炎のため東京都内の病院で亡くなられました。

私が子どもの頃は、選手ではなく監督をされていましたので、プレーしている姿はリアルタイムでは見たことはありませんが、野球というスポーツの枠を超え、日本の一時代を象徴する存在なのはわかります。心からお悔やみを申し上げます。

そんな報道が続く中、長男一茂さんが「もう遺産放棄している」と発言していたのが気になりました。この発言を受けて、SNS上では遺産の行方や相続争いを心配する声があがっています。父母がまだ亡くなってもいないのに「相続放棄をした」と述べる方が時々いますが、法的にはそうした生前の相続放棄の制度はありません。今回の一茂発言の裏には何があるのでしょうか

■相続人

長嶋茂雄さんの子どもとしては、2男2女がいると言われています。これを前提にすると、妻はすでにお亡くなりになっているので、法定相続人はこの4名になります。長男は元プロ野球選手でタレントの長嶋一茂さん、次女がキャスターの長島三奈さんであることはよく知られています。しかし、マスコミ報道では、一茂さんはかつて出演したテレビ番組の中で、長嶋家の遺産について「もう遺産放棄している」と発言したと言われています。伝え聞くところでは、長嶋茂雄さんと一茂さんとは13年間にわたる絶縁状態であったとのこと、一茂さんが「長嶋茂雄」を個人名義で商標登録申請したこと、父親・母親の愛用品を独断で売却したことなどが原因にあるとのことですが、真相までは分かりません。ただ喪主が次女の三奈さんがなっていることなどから、かなり深刻なんだろうなという気がします

■「生前」の相続放棄はできない

一茂氏の発言の言葉をそのまま捉えると、将来に父茂雄氏が亡くなった際の相続については、相続権を事前放棄したというように解釈できます。しかし、法律上は、被相続人の生前に相続人が相続放棄することは認められていません。つまり、「相続を放棄する」という意思表示があっても法的効力は生じないのです

■相続放棄とは

民法では、相続人は、自己のために相続の開始があったことを知ったときから3カ月以内に相続を承認するか、放棄しなければならないとしています(民法915条)。

そして、相続放棄する場合は、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に相続放棄申述書を提出しておこないます(民法938条)。そして、正式に放棄が認められた場合は、初めから相続人とならなかったものとみなされます(民法939条)。

なお、相続放棄の期間である「自己のために相続の開始があったことを知ったときから3カ月以内」という意味について補足しておきますと、これは、「相続人が相続開始の原因たる事実(被相続人が亡くなったこと)」及び「これにより自己が法律上相続人となった事実を知ったとき」から3か月以内に行わなければならないということです。このため、相続財産が全くないと信じ、かつそのように信じたことに相当な理由があるときなどは、相続財産の全部又は一部の存在を認識したときから3か月以内に申述すれば、(たとえ死亡から3ヶ月が過ぎていても)相続放棄ができる場合があります。

よくあるのは、亡くなったことは知っていたが、全く遺産などないと思っていたところ、3か月を遙かに過ぎてから、突然に亡くなった方の債権者から、「借金を相続したのだから支払え」という連絡が来る場合があります。そうした場合は、すぐに弁護士に相談して頂ければ、相続放棄をすることで解決できるかもしれません

■一茂氏発言の推測

「もう遺産放棄している」という発言の意味は、いくつか考えられます。

① 何もしていないのに勝手に「放棄した」と言っているだけ。

② 遺産は放棄しますという文書を他の相続人に書いて渡しているだけ。

③ 長嶋茂雄氏が遺言書を作成した際に、一茂氏を除いた3名だけに相続させる内容にするということを一茂氏が知らされてそれを承諾している。

④ ③の際に、一茂氏がさらに「遺留分放棄許可」を家庭裁判所に申し立てをして許可を受けている。

などが、想定されます。

しかし、このうち、本当に法的に効力があるのは(法的に遺産分配を求める権利を失う意味での効力があるのは)④だけになります。

①や②は、法律の知識を有していない方が、時々、そのようなことをおっしゃたり、書面で残して、「放棄した」と述べておられる場合があります。また、他の相続予定者の方も、それによって「安心」されている方も時々見受けます。

ただ、口頭にせよ、書面にせよ、いくら放棄を明言されても、それが被相続人の生前であるならば、一切の効力は生じません。つまり、被相続人が亡くなった後になって、たとえそういった発言や書面をいくら残していても、堂々と法定相続分の主張はできることになります。他の相続人の方々が、「話が違う」とか「約束を破った」とかいくら叫んでも、後の祭りになります

■遺言書がある場合(遺留分)

これに対して、③のように、被相続人が生前に遺言書を残して、そこで特定の相続人に相続財産を相続させない旨を定めるという方法は、遺言書としての効力はあります。

一茂氏の発言が、そうした内容の遺言書を作ることを茂雄氏もしくは他の家族から知らされていて承諾をしたゆえのものだという解釈はありうるかなと思います。

ただし、この場合でもあっても、一茂氏には「遺留分の権利」というのが生じます。

遺留分とは、一定の相続人(遺留分権利者)について、仮に遺言書があったとしても、被相続人の財産から法律上取得することが保障されている最低限の取り分のことです。

被相続人が残した遺言書によって、遺留分に相当する財産を受け取ることができなかった場合、遺留分権利者は、相続を受けた者に対し、遺留分を侵害されたとして、その侵害額に相当する金銭の支払を請求することできます。これを遺留分侵害額の請求といいます。

ただし、この遺留分侵害額請求権は、「相続の開始」及び「遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時」から1年を経過したときに時効によって消滅し、権利を失います。また相続開始の時から10年を経過したときも同様です。

 

以上からして、単に③であれば、一茂氏は、この権利を主張して、一定の金銭請求をすることは可能ということになります

■遺留分放棄許可について

ただ、遺産分配において最低限保証されるこの「遺留分」については、生前に放棄することも可能です。その場合は家庭裁判所の許可が必要となります(民法1049条)。

今回の一茂氏の発言が、長嶋茂雄氏が遺言書を残すだけでなく、一茂氏がそこまで手続きを踏んでいれば、完全に被相続人の遺産に対する権利はないことになります。

ここまで事前に済ませておきたいという相談は、ときどきあります。それは、「すでに生前にかなりの財産を与えているので、自分の死後にこれ以上の遺産要求が生じないようにしておきたい」という、被相続人になる方からの相談が大半です。一度、娘が親の反対を押し切って反社会勢力の者と結婚をするということから、遺言者を書いてその娘には遺産を渡さないこととした上で、この遺留分放棄許可を得ることを条件に一定の金額(あえて言うと「縁切り金」)を渡したということもありました

■廃除(はいじょ)について

今回の件では、これはおそらくないと思われますが、相続権を失う一つの制度として、「廃除」というのがあります。

これは、被相続人の意思で、家庭裁判所に求めて、特定の相続人から相続権を剥奪する制度です。これは求めればできることではなくて、相続人に暴力・虐待・侮辱などの被相続人に対する著しい非行が認められた場合にのみ認められます。また廃除の方法として、被相続人本人が遺言を残すことによって行うこともできます。ただその場合も、相続人に暴力・虐待・侮辱などがあったかどうかを家庭裁判所が判断します。

今回の一茂氏発言は、親子関係がどうであったにしろ、さすがに暴力・虐待・侮辱があったと言われるまでのことがあったとは思えませんが、どうでしょう!?

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